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2024年11月24日
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きらきら

2010年10月11日
++きらきら++

新しい作品です。
ある夜の、チビ昌と紅蓮です。
昌浩の純粋さは、いつまでも失わないでほしいなーってお話ですね。

+  +  +  +  +  +  +  +  +  +  +


とかく幼子というものは好奇心が旺盛だ。
目に入ったものはとりあえず口に入れようとするし、
何でもかんでも触ろうとする。

絶対に駄目だと言い聞かせれば言い聞かせるほど
やりたくなってしまうらしいということ。
這い回り始めた子どもより、歩き始めた子どもはなお
厄介であるということ。

幼子と接することが初めてである騰蛇は、安倍の末孫でもって
初めてそれらのことを身を以って知ることとなる。





何の気紛れを起こしたのか、騰蛇はその夜、安倍邸の上で夜空を眺めていた。
主を含め、邸の者は皆深い眠りの中だ。
夜空に瞬く星だけが、五月蠅いほどに目に飛び込んでくるものの、
音という音は、皆眠りについてしまったかのようだった。
だからその音は、耳の良い神将でなくとも、気付くには十分な大きさだった。

べしゃっと。
何かが潰れるような音だ。

騰蛇は驚いて庭を覗き込んだ。
そして、目を丸く見開く。

庭に、何やら白い固まりが転がっている。
否。
正確には転んでいたというべきなのだろうか。

白い固まりの正体が何か判じるのは簡単だったが、俄かにはそれが信じがたかった。
夢でも見ているのかと思ったが、何度見ても白い固まりは幼子に見える。
母親が寝かしつけた時に身につけていた夜着そのままで、早々にすっ転んだ子どもは、
泣き出すことなく大儀そうに身を起こした。

いや、確かに兄2人に負けず劣らず(晴明談であるが)末孫はやんちゃ坊主である。
歩き始めてからは一時だって大人しくしていないし、悪戯盛りでもある。
だがしかしだがしかし、寝入りの良い幼子が、何故に夜中に1人出歩こうとしているのか。

呆気に取られる騰蛇を他所に、よたよた歩き出した子どもは、築地塀の方へ歩いて行く。
一体何のつもりかと首を傾げていると、何とまぁ築地塀によじ登るつもりらしい。
歩き始めの子どもにそんなことができようものか。
向上心は結構だが、無謀は見逃すわけにも行かない。
騰蛇は音も無く屋根の上からひらりと舞い降りた。

「・・・昌浩」

低く、咎めるような声に、小さな子どもの肩が跳ねた。
驚いて振り返り、しかし見慣れた神将の姿にホッと息を吐く。
騰蛇を見つけて身を強張らせる者ならたくさんいるが、安心する者などこの子ぐらいではなかろうか。
思わず和みかける己を叱咤して、騰蛇はしかめっ面をして見せた。

「こんな時分に何をしている?」

泥に汚れた足を見ると、昌浩は慌てたようにもじもじと足を隠そうとした。

「あのね、めがさめたの」
「ほぉ。それで?」
「ちょっと、おそとみるの、したくなって」

騰蛇は眉を吊り上げた。

「・・・外に出ては駄目だと、何度も言っているだろう?」

外に興味を持つ気持ちもわからないでもなかったが、
それよりも幼子の身の安全のほうが騰蛇には大事だ。
心配故の怒気を感じて、子どもは慌てて首を振った。

「ちがうよ!でないよ!ちょっとだけ、みるだけ!」

子どもは大きく背伸びして、塀の上を指差した。

「ちょっとかお、だすだけ!おそと、でないよ?」

子どもの言い分で行くと、身体さえ外に出さなければ良いということらしい。
どこでそんな屁理屈を覚えてくるのだ。
いや、しかしそれにしても、だ。

「・・・そういうのは、明るいうちに・・・というか、誰か呼ばないと駄目だろう」
「でも、ねてるし・・・」
「神将ならば皆眠らない。名を呼べば誰ぞ顕現するだろう」

だから1人で出歩こうとするな。
怖い顔で言い聞かせれば、子どもは神妙な顔で頷いた。

「うん。じゃぁ、ぐれんよぶね」

そこで真っ先に己の名を出すあたりが、騰蛇にはくすぐったくてならない。
どういう顔をすれば良いのかわからず、騰蛇は幼子から目を逸らせた。

「それにしたって、何故塀なんだ?上れないだろう」

それこそ、不思議そうに昌浩は首を傾けた。

「すー、ここからでてったよ?たーいんも、あと、たいじょ、も」
「・・・」

いや、確かに何事か命を受けて出かける際、神将は門から滅多に出入りしない。
それこそひらりと塀を飛び越えたり、竜巻に乗っていったり。
おかげで出入りは築地塀を乗り越えて、という間違った考えが子どもに植え付けられそうだ。
子どもの前では門から出入りしよう。
騰蛇は密やかな誓いを立てた。

「ね、ぐれん。ちょっとだけ、みてもいい?」

期待に満ちた眼差しが、一心に騰蛇を見上げる。
長身の神将を見上げる首が痛そうで、騰蛇はやれやれと膝を折った。
己が傍にいれば、さしたる危険はないだろう。
すぐに飛んでこられる場所に、朱雀と天一の神気もある。
さらにここには大陰陽師安倍晴明と、安倍氏でも指折りの陰陽師が3人もいるのだ。
大抵の妖は避けて通るだろう。

「・・・少しだけだ。それから、今回だけだ」

怖い顔で念を押したというのに、返ってきたのは満面の笑みだった。







幼い子どもを肩に乗せると、築地塀の向こうがよく見える。
静まり返った夜闇の何を見たがっていたのだろうと思っていたが、
少し経って、騰蛇にはその訳がわかった。

わいわいがやがやと、少しずつ賑やかな声が近づいてくる。
ガラガラと牛車のような音、ずるずると何かを引きずるような音。
1つ1つは弱い妖気だが、集まればそれなりに大きな気となって近づいてくる。
この気配で、幼い子どもは目覚めたらしいのだ。
晴明や神将にとってはよく見かけて慣れたものだが、昌浩にとっては目新しい気配。
夜の住人、京の都の妖たちの大行列。というか、ただの集団散歩だ。

「おーっす、ちっこいの!夜更かしは駄目だぞい」
「ばっか!怖いのが隣にいるだろ!」
「え、何?あれ晴明の孫なのか?」

騒がしい声が、次々と上がる。
一様に興味深い視線が昌浩に向けられるが、隣で睨みを効かせる騰蛇によって、
それは逃げるように外された。
全く無害な連中ではあるが、五月蠅さで言えば十分有害だ。

がらがらがらっと目の前を巨大な牛車が通り過ぎ、子どもは大きな目を更に大きく見開く。
次いでふよふよと空を漂う妖に手を伸ばし、塀の上を転がる雑鬼に楽しそうに笑う。

変わった子どもだと思う。
これぐらいの年頃の子は、総じて陰の気を嫌う。
安倍の子どもたちだって、もう少し大きくなるまでは、雑鬼でも近づけばむずがった。
でも、この末孫だけは、赤子の時分から少しも動じることはない。

大行列は、あっという間に安倍邸の前を通り過ぎていった。
楽しげな笑い声が、遠のいていく。

「・・・昌浩、そろそろ戻るぞ」

抱えた子どもに声をかけると、返って来たのは穏やかな寝息だ。
何時の間に眠ってしまったのやら。
苦く笑って、騰蛇は幼子を腕に抱いた。

「ぐれーん・・・」

むにゃむにゃと、子どもが寝返りを打つ。
夜着に付いた土を払ってやりながら、騰蛇は思った。

子どもは、まだ妖の恐ろしさを知らない。
人ではないものが、雑鬼たちのように無害なだけではないことを、まだ知らない。

大人になるに従って、きっと昌浩も知るだろう。
親しくするだけではいけない。
恐ろしさも、残酷さも、憎悪でさえ知るかもしれない。

騰蛇が、どれほど恐ろしく、罪深い存在なのかを、知るかもしれない。

それは避けては通れない道だと、騰蛇は知っている。
それでも願わずにはおれないのだ。
陽気な彼らを見て、無邪気に笑う子どもの瞳が、
己を見上げて嬉しそうに輝く瞳が、

どうかどうか、そのままでありますように、と。

 

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