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2024年11月24日
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時は巡りて①

2011年09月04日

++時は巡りて①++

過去の作品です。
3年前ぐらいにオフ活動で発行したものの改訂版。
未来話です。完全創作です。あ、いつもか。
当時のものに加筆修正してます。
未来話ブーム勝手に到来してるお!

+  +  +  +  +  +  +  +  +  +  +

「うっ・・・ひっく・・・ぐす、」

夜道を一人、幼い子どもが歩いていた。
闇に溶け込む衣の色。
首には、小さな体に似合わぬ大きな数珠。
幼い子どもが出歩く時間ではないというのに、
子どもの周りに、他の人影はない。

夜は、人外のものたちの世界だ。
それは着実に子どもに近づいてくる。

ざわり。
闇が動いた。

泣きじゃくる子どもは、全くそれに気づいていない。
気づいたのは、子どものすぐ傍らにいた、人外のもの。
そこらの妖とは異なる、凄絶な力が刺々しさを増す。

ざわざわと、闇が距離を縮めてくる。
闇の触手は子どもを求めているのだ。

チッと鋭く舌を打ち、彼は夜道に姿を現した。
子どもも、そして彼も、既に囲まれている。

不機嫌さを隠ししない男は、忌々しげに息を吐いて、
手に持った大鎌を構えた。

不本意ではあれ、この子どもを守るのが自分の役目だ。
違えるわけにはいかない。

それが、唯一無二の主から下された、命であるから。







時は少々遡る。
 
バタバタバタ・・・・・

慌しい足音と共に、賑やかな声が聞こえてくる。
部屋の主であるその人は、筆を置いてゆっくりと顔を上げた。

「まてー、まてまてまてぇ!!」
「ぎゃぁぁぁぁ!!!!!」

ドッタンバッタンと派手な音を立てて、最初に小さな塊が
次いで子どもが室に飛び込んできた。
衝撃で、重ねていた文が空を舞う。

「・・・っ、何事だ!」

くわりと、牙を剥いたのは、その人の傍らにいた白い獣。
愛称を物の怪のもっくんと言う。

物の怪に怒鳴られて、飛び込んできた小さな塊がぶるぶる震えた。
小さな塊は雑鬼と呼ばれるもので、夜の世界の住人の一人、
いや一匹である。
その雑鬼たちにとって、物の怪は畏怖の存在である。
というのも、物の怪の正体が関係しているのだが。

「まぁまぁ、もっくん」

震え上がった小さな塊を優しく撫でるのは、人間の青年。
年は二十の前半といったところか。
若干幼ささえ残る優しげな容貌は、彼の年齢を曖昧なものにしている。

一体誰が信じよう。
この穏やかに笑う青年が、当代一の大陰陽師。
安倍昌浩その人であろうとは。

「う、うえええっ、昌浩!おま、お前の子ども、怖ぇよ!」

雑鬼が、昌浩の腕の中でわんわん泣いた。
そんな雑鬼を宥めながら、昌浩はやれやれと肩を竦める。
一体これで何度目だろう。
昌浩は、室の入り口で、居心地悪そうに視線を泳がす子どもを見やった。

子どもは五つを過ぎた頃だろうか。
名を明昌というこの子ども、
何を隠そう安倍昌浩の第一子、長男である。

「明昌。ここにおいで」

父親の言葉に、子どもがぶすくれた顔のまま、傍に寄った。
目線で促され、昌浩の前に腰を下ろす。

「明昌。どうしてお前はそう、雑鬼を苛めるんだ?」

昌浩はいつもの如く、穏やかに息子に問いかける。
声を荒げたりしないのが、昌浩だった。

「・・・だって」
「うん?」

明昌は、むーっと頬を膨らませた。

「みんな、おれの名前よばないんだもん……」

息子の言葉に、昌浩はぱちくりと目を瞬かせた。
その腕の中、雑鬼が、だってようと口を尖らせる。

「息子は息子だろー?昌浩の息子」

明昌が、反射的に立ち上がる。

「ちがうよ!おれは明昌だよ!」

言い合い始めた息子と雑鬼に挟まれ、昌浩は困ったように眉を下げた。

明昌の思いは、昌浩にもよくわかる。
何せ彼自身、幼い時分は孫だ孫だと言われ続けた。
孫言うなと、何度叫んだだろう。

あの頃のもどかしさは、今や懐かしい思い出だが、
明昌にとってはそうではない。
かと言って、雑鬼たちを叱るにも叱れない。
彼らは悪意を持って言っているわけではないことが、今ならわかるからだ。
非常にわかりにくいながら、これでも明昌を認めて言っていること。
やめろとは言いにくい。
 
昌浩の困惑を、敏感に察したのだろう。
それまで黙って丸くなっていた物の怪が、ピシリと尾を振った。
途端、騒いでいた雑鬼も明昌も、口を噤む。

「・・・お前たち、昌浩は忙しいんだ。騒ぐならあちらへ行け」

じろりと睨まれて、雑鬼が飛び上がって逃げた。
明昌も、飛んで逃げるというわけではないが、明らかに及び腰になる。
こちらを睨む赤い目以上に、小さな獣の纏う気が身を竦ませる。

「明昌」

機嫌の悪い物の怪の背を撫でて、昌浩が笑った。

「母上様のところへ行っておいで。雑鬼たちには俺からも言ってあげるから」
「・・・わかった」

礼儀はしっかり仕込まれている明昌は、父親にぺこりと頭を下げて、
そそくさと逃げるように室を出て行った。
 


ぱたぱたと小さな足音が遠ざかって、昌浩はやれやれと息を吐く。

「もっくん」

ぽんぽんと白い毛並みを撫でた。

「助けてくれたのは嬉しいけどさ、あんまり明昌を威嚇しちゃ駄目だろ?」
「・・・知るか。あっちが勝手に怯えるんだ」
「そんなことないと思うけどな」
「・・・・・・昌浩」

物の怪はゆっくりと身を起こした。

「わかっているとは思うが、俺は認めんぞ」

もう何度目かになることを、物の怪は繰り返した。

雑鬼たちは、明昌を“昌浩の子”と呼ぶ。
それは昔、昌浩を孫と呼んでいたのと同じだ。
明昌を、昌浩の子として、後継として認めている証。
昌浩自身、息子が生まれた時にそれを神将たちに告げている。

曰く、自分の後継は明昌であると。
 

「大体、何故あいつなんだ。あんな・・・」

脆弱で、何の力もない。
ただの子どもが、昌浩の後を継いで自分たちの主になるなど。

「紅蓮」

静かな声で本性の名を呼ばれ、物の怪はピタリと口を噤んだ。
澄んだ目が真っ直ぐに物の怪を見下ろしている。

子どもの頃から、ちっとも変わらない。
純粋さを失わぬ瞳も、こうして目で訴えかけてくるところも。

「そんな目で見ても、駄目なものは駄目だ」
「・・・どうしても?」
「どうしてもだ」

物の怪は、すっくと立ち上がって昌浩に背を向けた。
昌浩に甘い物の怪も、これには頑として首を縦に振るわけにはいかない。

「とにかく俺は認めん。・・・否、俺だけではないだろうがな」

それだけ言い残し、物の怪は室を出て行ってしまった。


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