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2024年11月24日
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明けぬ夜はないことを
2010年08月29日
++明けぬ夜はないことを++
過去作品です。
前サイトで万打御礼に書いた作品。
こういう2人が好きだなーって思います。
微修正有り
+ + + + + + + + + + +
いつか、いつか。
誰かが、あの瞳の優しさに気付いてくれたなら。
いつかいつか。
誰かが、あの手の温かさに気付いてくれたなら。
いつかいつか。
誰かが、あの傷ついた心を癒してくれたなら。
+ + +
それは昔のことだ。
「あー・・・う・・」
晴明は知っている。
「あ・・・あー・・・きゃっ・・」
もぞもぞと動く嬰児。
小さな手を一生懸命に伸ばして。
その傍らには1人の神将がいた。
楽しそうに笑う嬰児を見下ろす表情は、背を向けているのでわからない。
わからない、けれど。
「ん・・・あーぅ・・」
伸ばされた指に、そっと触れるその手は。
それとはわからぬほどに微かに震えて。
+ + +
晴明は、やるせないため息をついた。
今老人の部屋にいるのは、彼自身と2人の神将だ。
1人は老人を鋭い眼光で睨みつけ、1人はその気配を断ってそこにいる。
晴明を怒りも顕に睨んでいた青龍は、もちろんもう1人そこにいることを知っている。
普段なら、あれと同じ場所にいることさえ嫌うというのに。
聞いていると知りながら、言うのだ。
「考えは変わらないか、晴明」
青龍の、凍るような視線にも老人は物怖じしない。
それどころか、叱責の意を込めて言った。
「何度も言っているだろう。それは許さんよ、宵藍」
青龍の瞳が、憤怒に燃え上がる。
「晴明、俺は許さんぞ」
お前を殺しかけた、理を犯したあの男。
同胞であることさえ汚らわしい。
「俺は、騰蛇を許しはしない。覚えておけ」
最後の言葉は、老人に言ったのか。
それとも隠行する神将に言ったのか。
「・・・宵藍」
主のたしなめるような声に背を向けて、青龍はすっと姿を消した。
「紅蓮」
優しい声だ。
老人が見つめる先に、逞しい体躯が顕現した。
逞しいはずなのに、その背はどこか頼りない。
「紅蓮、気にするな」
青龍はな、ちと頭が固いだけなんじゃ。
そう晴明は笑う。
晴明は知っている。
紅蓮が誰よりも自分を責めていること。
忘れないように、自分で自分を傷つけていること。
悔いて悔いて、傷口から今も血を流し続けていること。
「紅蓮」
「・・・わかっている」
憎まれることは、わかっているのだ。
だって当然のことだから。
天后が自分を忌み嫌うのも、太陰が自分を恐れるのも。
全て仕方がないこと。
「お前は、悪くはないよ」
騰蛇はゆるゆると顔を上げた。
老人の顔は、初めて会った頃と変わらず、優しい。
紅の蓮のようだと。
地獄の業火と言われた紅蓮の炎を、そう例えた人間の青年。
最初に騰蛇に光を与えてくれた、大切な。
「そんなお前を・・・」
俺は殺そうとしたんだ。
それなのに、どうしてお前はまだ俺に笑いかけるのだ。
「違うだろう?」
晴明は、首を振った。
「お前は、わしを助けようとしてくれたんだろう?」
ぼろぼろの身体で、晴明を助けるために。
知っている。
その瞳が、心が、本当は誰よりも優しいこと。
なのに人は、彼の放つ苛烈な神気に怯え、彼を忌み嫌う。
誰もが彼の気配に怯え、嫌悪する。
それが十二神将最強にして最凶の火将・騰蛇。
「お前は、優しいよ」
それを知っているからこそ、本当に思うのだ。
誰かこの優しい神将の心を知ってくれと。
誰かこの神将に、笑いかけてくれと。
叶わないのではないかと思われたその願いは、最後の最後で叶った。
視線を落としていた騰蛇の肩が、ぴくりと動いた。
キシっと床が軋む音に、晴明も顔を上げる。
「・・・・昌浩?」
晴明の声に、小さな幼子がひょこりと顔を出した。
「じー・・・ま?」
よたよたと、子どもは歩く。
最近ようやく自分で歩けるようになったのだ。
先ほどまで自室で大人しく眠っていたはずなのだが、起きてしまったのか。
「昌浩、どうしたんじゃ」
晴明は目元を和ませて孫の名を呼んだ。
大好きな祖父に名を呼ばれ、昌浩は嬉しそうに足を一歩踏み出す。
まだよたよたとしか歩けない子どもの足が、かくんと折れたのはその時。
幼子の身体がぐらりと傾いた。
「まっ・・・」
さすがに慌てた晴明が腰を浮かすより早く、騰蛇の腕が幼子に向けて伸ばされた。
小さな身体は、そのままぽすんと逞しい腕に受け止められる。
「あ・・ぅ・・・・」
大儀そうに顔を上向かせた子どもは、ホッと息をつく神将を見とめ、ぱちくりと瞳を瞬かせた。
「・・・れ、・・れーん・・?」
覚えたばかりの大好きな神将の名を、子どもは舌っ足らずに呼ぶ。
神将の瞳が、微かに揺れた。
「れーん・・・・・たいの?」
昌浩が、神将に向かってよいしょと手を伸ばす。
小さな、本当に小さな手が、ぺたりと騰蛇の頬に触れた。
「たいの・・?」
――痛いの?
昌浩は、なでなでとその頬を撫でた。
「たいの・・とん・・けー」
昌浩がこけて泣いている時、母がしてくれたおまじないだ。
――痛いの痛いの、飛んでいけ
昌浩のおまじないは効くから、だから大丈夫だよとでも言うのか。
子どもは満足そうに、にっこぉと笑った。
「れーん」
未だ頬から離れない、子どもの手。
温かくて柔らかい。
「・・・っ・・・」
晴明は、そっと微笑んで立ち上がった。
神将の肩が微かに震えて見えたけれど、何も言わなかった。
幼子は機嫌よさそうに、神将の膝の上ではしゃいでいる。
いつの間にか笑っていることを、彼は気付いているのだろうか。
晴明は、そろそろと室を出、もう一度その場を振り返った。
神将は、振り回される小さな手を、困ったように受け止めている。
その様は、いつかの日を思い起こさせた。
嬰児の小さな手に、恐る恐るその神将は手を伸ばしていた。
きゅっと、その手を握り返した小さな嬰児は、真っ直ぐに神将を見上げ、笑った。
子供の手がこんなに小さいのだと、柔らかいのだと、温かいのだと。
その神将は初めて知った。
だから少し緊張しながら、壊れ物に触れるように、嬰児に触れた。
楽しそうに声を上げて笑う子どもに、優しく目元を和ませて。
そんな彼の表情を、晴明は見たことがなかった。
先ほどまで、紅蓮を取り巻いていた痛々しい空気が消えている。
なぁ紅蓮よ。
明けない夜はないのだぞ。
祈っていた。
誰かあの心優しい神将を、理解してはくれないかと。
笑いかけてくれないかと。
長い夜に、光を差し込ませてくれないかと。
やがて生まれた小さな光が、それを叶えてくれた。
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