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2024年11月24日
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例えどこにいても
2010年09月06日
++例えどこにいても++
過去作品です。
兄上ズとチビ昌。
兄弟大好きです!!
+ + + + + + + + + + +
それはいつから始まったことだろうか
「昌浩~」
どたどたと歩きながら、成親は弟の名を呼ぶ。
いつもなら、あにうえーっと走り寄って来るものを、どうも最近様子がおかしい。
「昌ひ・・・お、ここにいたのか」
末っ子は、朝餉の仕度の整ったその席で、近寄ってきた長兄をちらりと見上げた。
しかしその視線は、すぐにぷいと逸らされる。
「・・・・こら昌浩、兄に朝のご挨拶は?」
「・・・」
「昌浩ぉ?」
幼い弟の前に回って顔を覗き込むが、昌浩はよいしょと体の向きを変えて、やはり目を合わせない。
「ほぉ、この兄を無視するとは」
礼儀は幼い頃に徹底的に叩き込むべし。
それ即ち安倍家の家訓。
かくして成親の容赦ない鉄拳が、末っ子の頭上に落ちた。
「うわぁぁんっっ!!!」
子供の泣き声に、次男・昌親が慌てて走ってきた。
「昌浩!?」
「あにうえー!!」
泣きながら昌浩は、次兄の足に縋りついた。
痛いと泣く頭を撫でてやりながら、昌親は長兄を軽く睨んだ。
「兄上・・・もう少し手加減を」
「うるさい。昌浩、兄に言うことがあるだろう?」
こうなれば意地でも朝の挨拶をさせようと、成親は昌浩の傍へ顔を近付ける。
しかし昌浩は涙目で、赤い舌をべっと出した。
「まさひろ、わるくないもん!!」
「お、まだ言うか」
再び拳を握り締めて見せると、昌浩は飛び上がって逃げていった。
ははうえーっと涙混じりの声が遠ざかっていく。
「・・・ふぅ」
子供の逃げ出した室内で、成親はやれやれと腰を下ろした。
「何だというんだ、最近の昌浩は」
ぶつぶつと文句を言う長兄に、昌親は小さく肩を竦める。
実のところ、昌親にも仔細はわからない。
しかしある日突然、昌浩はこの長兄に事あるごとに反抗するようになった。
それまで兄にべったりだっただけに、昌親も戸惑っているのだ。
「反抗期、というものでしょうか・・・?」
「俺だけにか?」
「・・・ですよねぇ・・」
そうなのだ、昌浩が歯向かうのは、尽く成親に対してだけなのだ。
昌親にも祖父にも父にも母にも、昌浩の態度は変わらない。
ただ一人、成親にだけ。
「あれじゃないですか?兄上が遠慮なくボカボカとやるから・・・」
「あれは昌浩のことを思ってだろう?大体、今まではどうもなかっただろうに」
昌浩のことを、確かに成親は遠慮なく叱るし、それでも判らない時は手を出すこともある。
それでも昌浩は自分が悪かったことを、きちんとわかっているし、
兄がなぜ殴ったのか理解して反省できる子だ。
もちろん成親も、理由ない時に昌浩に手を上げたことは一度もない。
疎んだことなど一度もないし、むしろ年の離れた末っ子を、これでもかというほどに
可愛がってきたつもりだ。
昌浩とてそんな兄を慕って、ころころと後を付いてきたものだが。
「・・・ついに兄離れか?」
「それは少々早すぎでしょう」
素っ頓狂なことを言う兄に、昌親は苦笑した。
こういう時の兄上は、大分落ち込んでいる時だと思う。
無理もなかろう。
自分だってあの昌浩に避けられたら、立ち直れない気がする。
まぁ、祖父よりはマシだと思うが。
「・・・何をしているんだ?二人で」
「あ、父上」
朝餉の席に現れた父に、二人の息子は簡単に朝の挨拶を済ます。
今日は祖父は早々に用事で出かけているので、出仕する三人は早めの朝餉を取り始めた。
昌浩と母が現れないところを見ると、まだ昌浩は泣いているのかもしれない。
「そういえば成親」
「はい?」
「日取りのことも詳しく決めねばならんし、今日にでも一度参議殿の所へ行くといい」
「あ、はぁ・・」
参議とは、藤原為則のことで、もうすぐ成親の義父となる人である。
そう、成親はもうすぐ、参議の家に入ることになっているのだ。
「もうすぐ、なんですねぇ・・・」
成親の隣で、昌親がしみじみとした口調で零した。
もうすぐこの兄は、安倍の家を出るのだ。
新しい妻を貰い、そして新しい家庭を築くことになるだろう。
「お前だって、そう遠い話ではなかろうに」
成親は快活に笑った。
そんな兄を、昌親はとても頼もしく思っていた。
だから、永遠の別れではないが、やはり寂しい。
きっと昌浩だって・・・
「あ・・・」
「ん?」
「いえ・・・あぁ、そうか・・それで昌浩は・・・」
「何だ?」
首を傾げる長兄に、昌親は少し考えたあげく首を横に振った。
これは自分が言うべきことではないだろう。
「なんでもありません。さ、早く行かないと遅れてしまいます」
「あ、あぁ・・?」
まだ釈然としていない兄に笑って、昌親は立ち上がった。
「どうかなさったのですか?」
不思議そうに問われ、成親は顔を上げた。
「・・・なぜだ?」
「どことなく・・・お元気がないように見えます」
成親は、近々妻となる姫に軽く苦笑した。
うまく隠していたつもりなのだが。
「・・・昌浩の話は、前にしたな?」
「えぇ、一番下の弟君でしょう?」
「そう。その昌浩がな、最近俺を避けるのだ」
「避ける・・?」
「ここ最近はろくに口も聞いていないな。それで叱れば泣かせてしまうし・・・」
「まぁ・・・」
なんだか彼女の様子が楽しそうなので、成親は首を傾げた。
「随分と楽しそうだな」
「すみません、そんな顔をしているのが、珍しくて・・」
どうやらいつも余裕綽々の成親が落ち込んでいるのが、よほど珍しいようだ。
自分でも自覚のある成親は、困ったように頭を掻いた。
「可愛がっておられるのですね」
「・・それはな。何せ年が離れているし、素直で可愛い、優しい子だから」
生まれ持ったその力は強大で、自分なぞ足元にも及ばないかもしれないが。
この先その力故に困ることがあるならば、何を置いても助けてやりたいと思う。
弟はそれぞれに可愛いが、昌浩は格別だ。
それに冷たくされれば、さすがの成親もへこんでしまう。
兄離れだなんて、考えたくもない。
「早くお会いしたいですね・・・」
「今度挨拶に来るさ。昌親もお前に会いたいと言っていたし」
「・・・昌浩様とも、仲良くできるといいのですが・・・あ、」
「ん?」
首を傾げる成親の前で、彼女は何か思い当たったらしく、口元に手を当てている。
「いえ、その・・・もしかして昌浩様・・・」
「何だ」
困ったように彼女は顔を傾けた。
果たして自分が言っていいものだろうか。
「・・・・あの、今日は早く戻って弟君と仲直りされては?」
「別に喧嘩をしたつもりはないが・・・そんなに早く俺に帰って欲しいのか」
「えっ!?」
「ならば帰るとしよう」
「成親様!!」
泣きそうな彼女の顔に、成親は内心で笑った。
全く、すぐに泣くのだから。
まぁそれがまた可愛らしいのだが。
「冗談だ」
「!」
ムッと膨らんだ頬を、指先で突いた。
本当に、くるくると表情の変わる姫である。
「すまん篤子、泣くな」
「泣いていませんっ」
ふいとそっぽを向く姫に、ふっと笑った。
ここ数日の重たかった気分が晴れる。
「・・・また来よう。今度は、弟たちを連れて来たい」
「はい・・お待ち申し上げております・・・」
微笑む篤子に笑顔を返し、成親は夜も更けた道を邸へと歩き出した。
ちょっかいをかけてくる雑鬼たちを適当にいなし、成親が邸に帰り着いたのは、
もう皆も寝付いているだろう時刻だ。
しかし祖父と、そしてすぐ下の弟の室からは、まだ微かな灯りがもれていた。
「昌親・・・また夜更かしをしているのか」
ならば家にいる内に、あの弟とも色々と語ってみようかと、成親は昌親の室へと足を向けた。
昌親は、その夜もいつものように勉学に励んでいた。
もう父も母も寝付いただろうか。
兄は今日はもう遅いし、あちらに泊まるのかもしれない。
ぱらりと書を捲っていた昌親は、ふと揺らいだ灯りに顔を上げた。
「・・・・兄上?」
てっきり成親が帰って来たのかと思いきや、昌親の部屋を覗いていたのは、
とうに眠っているはずの末っ子だった。
「昌浩。こんな夜更けにどうしたんだい?」
小さい体が冷えてはいけないと、慌てて昌浩を室へ招き入れる。
昌浩は最初こそ躊躇っていたものの、兄に手招きされて、おずおずと足を進めた。
「まさちかあにうえ・・・」
「ん?」
「あのね・・・あのね・・」
もじもじと俯く弟に、昌親は優しく微笑んで先を促す。
それに安心したのか、昌浩は小さな声でお願いをした。
「あのね、いっしょに・・・ねてもいい?」
可愛らしいお願いに、昌親は笑みを深くして、もちろんと頷いた。
「もう少しこっちへおいで?」
昌浩は、甘えるのが照れ臭いのか、なかなか近寄ってこない。
昌親は苦笑しながら弟を引き寄せた。
ここまで歩いてきた身体は、ひんやりと冷たい。
「でも、一緒に寝るのは久しぶりだなぁ」
もう少し昌浩が幼い頃、昌浩に添い寝していたのは昌親たち兄弟ではない。
安倍邸に住む、人外の生き物・十二神将だ。
よく、眠る昌浩の傍に長身の神将がいたのを覚えている。
そういえば、とんとその姿を見かけなくなったが。
「眠れなかったのかい?」
「うん・・・」
昌浩は、昌親にぎゅーっとしがみ付いた。
寝入りのいい弟は、いつもこうして横になればすぐに眠ってしまうはずなのに、
今日はまだ目が冴えているらしい。
大きな瞳は閉じる気配がない。
「・・・昌浩、聞いてもいいかな?」
「なぁに?」
「成親兄上を、どうして避けるんだい?」
成親の名を出した途端、昌浩はぷぅっと頬を膨らませた。
そうして不機嫌そうに口を尖らせる。
「なりちかあにうえ、いやなんだもん」
「嫌?」
「だって・・だって」
昌浩が、不機嫌だった表情を、不安げに曇らせた。
ぽつりと零れた言葉は、きっと幼い弟の本心だろう。
「だって・・あにうえ、でていっちゃうもん」
「昌浩・・・」
あぁ、やはりそうだったのだな。
この弟は、成親を嫌っていたわけではなく。
「昌浩は、寂しかったんだね?」
昌浩の大きな瞳が、うるっと揺れた。
成親は、弟の室の前にいた。
丁度末の弟が昌親の室に入るのを見て、折角だから昌浩とも語り明かそうと。
その後を追ってきて。
立ち聞きするつもりは毛頭なかったが、自分の名が出てきて思わず足を止めてしまった。
そっと中を窺い見れば、しゃくり上げ始めた末っ子の背を、昌親が優しく撫でている。
「うん・・まさひろ・・さみしい・・」
昌浩は、何度も目元を擦った。
それでも一度溢れ出した涙はなかなか止らない。
「ほんとうは、いやだけど・・でもちちうえがしかたないんだよって・・でもでも・・・
あにうえがいなくなるの、いやだよぅ・・・」
「・・・一生懸命我慢してたんだね?」
昌浩は、こくこくと頷いた。
「でもね、あにうえをみたらないちゃうの。だからね、まさひろ、いやなこだったんだ・・・」
昌浩は、仕方のないことだと父に教えられ、頑張って我慢していたのだろう。
けれど成親を見るたびに泣きそうになって、だからこそ成親を避けた。
自分が泣いたらきっと兄上が心配するからと。
ぷいと顔を背ける度に、兄が悲しそうな顔をしてるのには気付いていたけれど。
「まさひろわるいこだもん・・・ねぇ、まさちかあにうえ・・・」
「うん?」
涙でいっぱいの瞳が、昌親を見上げた。
「なりちかあにうえ・・まさひろのこと、きらいになっちゃったかなぁ・・・?」
ぽつりと幼子が洩らした切ない言葉に、成親は思わず胸を押さえた。
彼らしくなく、思わず泣きそうになってしまう。
あぁ、そうだったのかと。
そんなことないよと、昌親が弟の頭を撫でようとしたその瞬間、
わざとらしく大きな足音が響いて、長兄が室に入って来た。
先ほどから気付いていた昌親はともかく、昌浩は本当にびっくりしたらしく、大きな瞳を見開いて固まってしまう。
成親は、ドスッと荒々しく弟たちの傍に腰を降ろした。
怯えたように、昌浩が次兄の後ろに隠れてしまう。
「・・・昌浩」
全く俺は兄失格だなぁ。
「昌浩、こっちへおいで」
昌親の後ろから恐る恐る顔を出した末っ子は、困ったように次兄の顔を窺い見た。
それに昌親がにっこり微笑んで頷いてやると、顔をくしゃくしゃにして長兄の胸に飛び込んだ。
「あにうえっ!」
泣いたせいか、小さな身体は熱を持って温かい。
その身を優しく抱き締めながら、思う。
成親の胸にしがみ付いて泣きじゃくる弟が、本当に愛しいと。
「昌浩・・つらい思いをさせて、すまなかった・・・」
ちゃんと、言ってやるべきだったな。
きっと一人で悩んだりもしただろうに。
「あのな、兄は確かにもうすぐこの邸を出て行く」
成親とて、幼い弟と離れるのは寂しいのだ。
まして昌浩はどれほどに心細く思ったことだろう。
兄ならば、それに気付いてやるべきだった。
「少し遠くに行くことになる、なる・・けどな」
例えどんなに遠くへ行っても。
例えどんなに離れても。
「俺は昌浩の兄だぞ?」
昌浩が苦しんでる時には飛んで来る。
病気になったと聞けば心配で仕方がなくなるだろう。
会いたいと言われれば、どこへだって行こう。
「例えどこにいても、俺は昌浩の兄だし、昌浩は俺の大事な弟だ。一生、ずっとだ」
「あにうえ・・・ほんとうに?」
「あぁ」
涙で潤んだ瞳が、じぃっと長兄を見上げる。
「まさひろがあいたくなったら、あえる?」
「もちろんだとも」
「まさひろのこと、わすれない?」
「忘れるものか」
そして少し躊躇って、昌浩は不安そうに首を傾げた。
「きらいに・・・なってない?」
「大好きだよ」
ごしごしと、昌浩は涙を拭った。
大好きな兄の胸に頬を摺り寄せて、こっくりと頷く。
「うん・・じゃぁまさひろ、さみしくても、がまんする・・・」
どこへ行っても兄上は兄上なんだもんね。
いつだって昌浩のこと、思ってくれてるんだもんね。
「あにうえ・・だいすき・・・」
幸せそうに笑って、昌浩はとろとろと瞼を閉じていった。
「・・・寝たんですか?」
「あぁ。泣き疲れたんだろう」
成親は、腕の中で寝入ってしまった弟を、ゆっくりと茵に横たえた。
しっかりと成親の袖を握って離さない、小さな手に苦笑しながら。
「久々に、川の字になって寝るかぁ」
「流石に狭くないですか?」
「いいじゃないか、たまには」
ごろりと横になった長兄に、昌親は軽く肩を竦めた。
やれやれといった風に横になった昌親に、成親は些細な疑問を投げかけてみた。
「そういえば、あれも気付いたようなんだが」
「あれって・・なよ竹の姫のことですか?」
「あぁ。あれも俺の話を聞いただけで、昌浩が拗ねてる原因に気付いたようだった」
「それはそれは・・・」
「俺としては納得がいかん。あれといいお前といい、なぜわかったんだ?」
長兄として一番に気付けなかったのが悔しいのかな。
昌親はくすりと笑った。
なよ竹の姫はどうしてだか知らないが、自分に関して言えば答えは至極明快だ。
「簡単なことです」
頼りになる長兄がいなくなるのが寂しくて、切なくて。
なんだか思わず泣いてしまいそうで、避けてしまった幼い弟の気持ち。
「私も同じ気持ちでしたからね」
長兄は、びっくりしたように目を見開いた。
まさかに次兄までそんな風に思っていたとは、という顔だ。
そうして、そうか。とやけに嬉しそうに笑う。
「いやぁ・・・弟がいるって、いいなぁ・・・」
しみじみと言う兄に、昌親はさらりと言ってのけた。
「兄がいるっていうのも、なかなかいいですよ」
成親は笑いながら、真ん中ですやすや眠る末っ子の頭を撫でた。
昌親も同じくだ。
「昌浩は、私が家を出る時も泣いてくれますかね」
「そりゃ泣くだろうなぁ」
その時は、今度は自分が慰めてやろう。
「昌浩は邸を継ぐとしても・・・嫁を貰う時は複雑ですねぇ」
「まぁな。泣いたりしてな」
「・・・兄上がですか?」
「いや、じい様が」
「確かに・・・」
二人の兄弟は、顔を見合わせて小さく笑った。
今度、篤子に弟二人を引き合わせよう。
自慢の可愛い弟たちだ。
きっとあれも気に入ってくれることだろう。
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